小学生(受験生)がやっている国語の文章は、ヤバい!

小学生(受験生)がやっている国語の文章は、ヤバい!

親世代には想像できないぐらい、国語の文章は幅広い

四谷・YT週テストの文章

2026年6年・3月YT BC問題
「文明のあるがままの姿にせまる・・、
物語で語られるのが歴史学だが・・、
現代文明に欠けているものは人々が共有する知恵・・、
デカルトは最小の要素から全体を再構築する・・、
各パートを制御できるシステムを超える知恵がない・・、
科学技術は進歩したがそれに相当するだけの人類の幸せが増大しているわけではない・・、
要素還元主義が科学技術のみならず社会全体に浸透した結果、われわれが近未来の像をとらえることができなくなっている・・」
(青柳政規「人類文明の黎明と暮れ方」より)

2026年6年・3月YT BC問題
「2045年問題、AIが飛躍的に向上し、地球上の人類の知識を総動員してもAIに劣る状況を技術的特異点をシンギュラリティという。
アルファ碁、チェス、将棋などすでにシングラリティは到来している
・・今日、スマホは”外部脳”として欠かせない存在になっている。
・・目覚めるとAIエアコン、トイレでは尿を分析し異常があれば受診予約までしてくれる、帰りに駅を降りるとAIが風呂にお湯を張り、足りないものを途中のストアで買ってはどうかと提案する、有能すぎる相棒がいる生活に慣れきってしまい、本来の能力が衰える
・・災害で電力が途絶えた時、人はもう何もできなくなる
・・今起きている”第4次産業革命”は何をもたらすのか
・・”ローマ時代の再来”にたとえ、労働は奴隷AIが担い、時間を持て余す貴族たちは日がな温泉に入って酒を飲みおいしい料理を味わう
・・いま何が問題なのかを発見し、答えのない問題と向き合い、試行錯誤しながらさまざまな情報を組み合わせ自分なりの解答を示すことが次世代に必要だ。
(元村有希子「カガク力を強くする」より)

2026年5年・4月YT BC問題
「4億年前、植物は茎だけ、その後太陽光をたくさん浴びれるように葉が出現したが、
食べられると困るのでセルロース・リグニンで堅く噛みづらくし、アルカロイドで毒をもたせ、糖が少ししかないように進化した
・・葉を食べる霊長類は解毒と消化のためにたいてい太鼓腹をしている。
・・葉はどこでもあり脳を大きくする必要がなかった
・・植物は進んで食べて欲しい果実を提供するようになり、多くの霊長類はエネルギー豊富な果実食に変えたが、果実は見つけにくく点在する場所も季節で変化する
・・いつどこでという空間的時間的な地図を頭の中につくる必要から知能が発達した。
・・知能と脳の大きさで、マッコウクジラは8kgでヒトの6倍だが知能はヒトより低い。体の大きさが40~50トンありヒトの800倍もある。
・・脳の重さの体重比は小さな動物ほど大きく、ヒトは0.02だがネズミは0.1でヒトより大きい。脳化指数で補正するとだいたい合うようになる。
・・脳と果実食は相関関係があるだけで、因果関係まではわからない。もともと脳が大きい霊長類が果実を食べるようになっただけかもしれない、
・・脳の重さは体重の2%だが、消費エネルギーは20~25%で、葉には糖が少ないので脳が大きいと葉食は成り立たない
・・初期の霊長類ブルガトリウスは果実食と考えられるが、脳は小さかった。」
(更科功「禁断の進化史 人類は本当に『賢い』のか」)

2026年5年・4月YT BC問題
「大事なのは何をしたいかで、選ぶときに将来安定した職業に就けるという動機で選ぶと潜在能力の100%までしか出せない、それが上限、
でも人間は潜在能力の150%とか200%とかまで出そうと思えば出せる。
そのことに寝食を忘れて熱中する、面白くてしょうがないという時に、自分で想像している以上の能力を発揮できる。
・・”いじめ”は、能力ある人たちがいずれ発揮できるかもしれない機会を損なってしまうことで同世代全体にとって損失だ。
総取りして負けた者は何ももらえない新自由主義的な考えと”いじめ”はなじみがいい。
自分と同学齢の人たちが自分より無能で無力である方が競争では有利になる。
・・一握りの勝者がいて、あとは累々たる敗者の屍という競争社会は、集団としてはとても弱いものになる、生きる力が衰えてゆく。
・・僕らの世代は競争的な環境だった。高度経済成長期は勝者が取るだけとっても、たっぷりと分配できる資源・仕事が残っていた。猫の手も借りたいぐらいに忙しかった。
・・今の日本には同世代で競争なんかしている余裕はない。自分以外の全員が”バカ”というような無能な集団が生き延びられるはずがない。
・・全員がそれぞれに”余人をもっては代え難い”固有の才能を発揮する、固有であることには優劣の比較はできないということ。」
(内田樹「どうしたらいいかわからない時代に僕が中高生に言いたいこと」より)

2026年6年・4月YT BC問題
「アンネの日記は、現実との微妙な距離感・自己の内面を見つめる視線の確かさ・大人たちに向ける批判精神・ユーモアのセンスに満ちて、思春期の少女の内面を描写した唯一無二の作品。
・・河合隼雄は”子供が大人になることは大変なことであり、短期間に心身とも大変革を遂げるので、その間は何らかの強い守りを必要とする、
例として『鉢かづきの鉢・うばかはの皮・白雪姫のガラスの塔・ラプンツェルの塔・眠りの森の美女の百年の眠り』を挙げている。
・・強固な殻の中で、自分とは何かを問いかけ
・・自分と一対一で向き合うことによって孤独を手に入れ、人を成長させる。
・・私の思春期を守ってくれた殻は”読書”・自分を現実から守ることができた。
・・ファーブルとスカラベのさなぎ
・・キリスト教伝来時、たましい=アニマを日本人が聞き間違え、”在り間”存在するものとの間にある目に見えないものと表記したのは素晴らしい誤訳
・・文化財を修復するとき欠けた布がもとより強いと元の布を傷める、少し弱くなくてはいけない、
それは心のカウンセリングに似て、補修する側がされる側より強すぎると駄目なのだ。
・・読者の手を無理矢理引っ張るような物語は、あるべき姿ではない
・・民族も言葉も年代も性別も違う人間が、お互いの心を近づける一つのすべは、どんな本を読んで育った人か、を確かめることかもしれない。」
(小川洋子「物語の役割」より)

2026年6年・4月YT BC問題
「大人は子供がゲームばかりしていることに苦言を呈する。
・・学ぶ喜びを知っている子どもにとっては、勉強もまたゲームと同じように楽しいものであるはず
・・子どもにねじり鉢巻の勉強を強いるのは、大人が勉強は苦しいものだと思っているから
・・大人も子供の時、言葉を知ることが嬉しく楽しかったのではないか
・・高校の時、哲学の本を勉強そっちのけで読むようになり、担任の先生が哲学の本を読ませないようにしてほしいと母に言ったことがあり、
母はその言葉を私に伝えたが、勉強についてはその時もその後も一切干渉しない懸命な親だった
・・大学で先生に母の看病のためプラトンの読書会に行けないことを伝えると”こんな時に役に立つのが哲学だ”と言われ強い印象が残った。
・・母の死を目前にし、人間にとって生きる価値とは何かを自分の問題、自分の生き方の問題として考えた
・・野心がすっかり消えた
・・哲学は人が幸福に生きることに役立つ
・・何かを学んでいるけれど幸福でないとしたら”学び方”に問題がある
・・勉強しているその時が苦痛でたまらないというのはおかしいのです。
(岸見一郎「ゆっくり学ぶ 人生が変わる知の作り方」より)

2026年5年・4月YT BC問題
悪口がどうして悪いのか? 悪意のせいで悪いのだ。しかし、それを理由にはできず、悪意は悪口の必要条件であっても十分条件ではない。
・・悪意がなくても子供の無邪気なことば「きらーい」「くさーい」など、屈託なくにこにこと言ってくるが、悪意はない。
子どものように何も考えず悪口を言ってしまう大人もたくさんいる。悪口を言うために、悪意を持っている必要はない。
・・偏見があるからといって悪意があるとは限らない。「悪意はなかった」と言う言い訳でどのような発言も許されてしまうのは説得力がない。
過失傷害罪は傷害罪よりは軽い罪だとされるが、しかしわざとでないからといってそれが罪でなくなるわけではない。
話し手の心の動きだけに注目しても、悪口がどうして悪いのか、説明できない。
(和泉悠「悪口ってなんだろう」より)

2026年6年・4月YT BC問題
外国育ちの女子高生Aが転校してくる、主人公Bと友達になる。外国風の家に遊びに行ったとき、雑記ノートを見つけ自分や学校の人たちのことが批評してあった。
自分以外の人間は皆、平凡だと思わないと気がすまないたちらしい。
主人公Bへは「あの子は自分の意志より人の目が大事で、生煮えの自由への憧れだけ。一生、今の場所から飛び立てない意気地なしだ。」
「生徒に好かれたくて仕方のない先生、子どもの顔色をうかがう暇があったら、少しはデートでもすればいいのに」
「恭子は今のところ女王様だ。でも、あと十年もしたら、不満とグチで、ぱんぱんにふくれた平凡な主婦になって、ブログで愛犬の写真でも公開してるだろう」
「学校がつまらない。クラスメートも退屈。授業も退屈。早くこんなことろを抜け出してパパみたいに自由に生きる」
・・Aを懲らしめてやりたい、自分が負ったくらいの傷を与えないと気が済まない。
憎んではいない、彼女に罰が与えられ、自分と同じような些細なことに胸を痛める普通の女の子になってくれさえすれば、誰よりも彼女の力になろうと思っている。
・・A「Bはさ、最近、他の子たちみたいだよ、人の顔色ばっか見て、皆がいいって言うものをいいって言って。雰囲気変わったよ、私ともあんまり遊んでくれないじゃん」
それを聞いて、少しだけ胸が晴れる。
「他人と同じがそんなに楽しいの?」・・Bは雑記ノートをクラスのみんなに見せる決意をする。
・・恭子「私って十年後、平凡な主婦の幸せを手にしていそう?」と言い泣く、あれほど人のことを悪く言うくせに悪く言われることには慣れていないのか。
・・クラス全員でAへのシカトが始まる。しかし、相変わらず堂々と遅刻・早退を繰り返し、得意教科の先生には可愛がられている。
お昼は屋上で一人で食べている、寂しそうですらない。
・・Bはカッターで雑記ノートをズタズタに切り裂いてAの机の上に置く。
Aが登校しそれを見る、しばらく黙って見下ろしていた、やがておもむろにしゃがみ、うずくまって静かに泣く。
クラス中が気まずい思いに浸される。
Bは思った「ついにAが普通の女の子になった、これで自分たちと同じ、これからはシカトなどせず、彼女を許してやろう」
・・A「触んないでよ、そんなに嫌いなら、私にかまわないでよ、私のことなんか忘れてよ」
獣のように歯ぐきをむき出しにして叫ぶかつての親友を、Bはあっけに取られて見ている。
その日から、Aは学校に来なくなった。
(柚木麻子「終点のあの子」より)

2026年6年・5月YT BC問題
Aは名前が女子のようであり、小柄で外見が可愛いことで小6の時にからかわれ傷つき、中学生になって強くありたい思う日々。
クラスでは大柄な体格でありながら気持ちの優しいBが、Cグループに毎日のようにいじられている。
・・カマキリをBの机に入れようとするCたちを見るA。
「なんだよ、その目、てかさ、おまえ、いっつもひとごとみたいに俺らのこと見てるけど、なんなの? おれらのことバカにしてるわけ?」
「A、おまえが机につっこめ」カマキリは逃げ出す。
・・放課後、AはBから借りてたDVDの話で意気投合する。B「もっとDVD持ってこよーか」
A「お、おう・・またカバンあらされたら、やばいだろ・・なあB、Cたちは本当に仲間なのかな? 
仲間だったら、お前の好きなこと、バカにしたりしねーんじゃねーの?」Bは顔をしかめる、Aは言いながら胃が痛み出す。
・・Aは野球部のXに相談する。「人はさ、自分はおかしいって、変わんなきゃて、わかっててもさ、ひとりじゃ、どうしようもないときがあるから」
・・Aは小6で不登校になったとき、委員長のXが家に来て人目も気にせずぼろぼろ泣いたことを思い出す。
担任と力を合わせてXは全力でAを守ってくれ、嫌がらせはぴたりとやんだ。
・・僕が一番わかっていたはずなのに、一番男らしくないのは僕じゃないか。
・・A「C! やめろよ、Bいやがってる」「いやがってねーよ、喜んでんじゃん、なあ、おにぎり、おまえ、いやがってねーよな? 俺ら、仲間だもんな? うるせーな」
「うるせーなじゃねーよ、やめろっていってんの」「おにぎり、おまえちゃんとAにいってやれよ、ぼくはいじられてるだけでーす、って」
・・「ぼくはもう、おにぎりって呼ばれたくない」C「おにぎりっ、おまえ、バカなの?」
A「いい加減にしろっ、おまえのやってること、ぜんっぜんつまんねーよっ」C「ああ? さっきからおまえ・・」
A「おれらにかまうなっ」Cになぐられるかな、と思った、ケンカになったらたぶん勝てない、それでもいい。
みじめに負けてもいいから、どんな手を使っても絶対におまえの腕をへし折ってやる。
(蒼沼洋人「ぼくがぼくであるために」より)

脳と、心を、揺さぶられる文章ばかり!
小学生に合わせる忖度は、近年ほぼない。大人でも読者は少数派だろう、という文章が出題される。

人生経験のない小学生が、隅々までは理解はできないけれど、心には残る。
その後の人生で、思い出す瞬間があるはず。

このような文章でも、問いには答えられる、
算数の論理力で、文章のこの部分が答えになるはずだ、ぐらいには反応できる。

教える側は、刺激があって面白い。